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伊藤勇気プロデューサー ロングインタビュー (2)

第2回 アメリカ側のプロデューサーとの出会い



日米合作映画として製作するために、苦心して英語に翻訳されたシナリオを手刀に、アメリカ側のプロデューサーを見つけるべく行き来を始めた松井監督と勇気さん。
そのシナリオを大絶賛し、意気投合したニューヨークの知性派プロデューサーとは、ほぼ決まりかけていた進行をめぐって相違が生まれ、白紙の状態に。
再度ゼロからのスタートで暗中模索の中、挫折、また挫折の艱難辛苦を乗り越えた末、ロスアンジェルスのプロデューサーとの出会いを果たした二人。
さて、その先は……。


通訳でニュアンスを柔らかくしないように腐心

―― 松井監督と一緒に渡米し始めて、プロデューサーとやりとりする中、英語を通訳するうえで大変だったことがありますか?

勇気 語学っておもしろいもので、何気に「ユキエ」の時から10年以上英語を耳にしているから、監督は言葉はもうしゃべれるようになる年齢じゃないかもしれないけれど、ほぼ聞き取れるようになったんですよね。

僕が子供の時からもともと彼女のほうが、全然英語の文法なんかはできるわけで(笑)。
僕はヨーロッパに留学したけれど、「ユキエ」の撮影でアメリカへ行った時にアメリカの英語はけっこう聞きやすいって本人が言っていて、問題は自分が言いたいことをちゃんと相手に伝えられるかだけでした。
あとは僕のフィルターを通すことで、彼女の主張する言葉のニュアンスを柔らかくしちゃいけないところもあるわけです。それを僕が知ってあげてないといけない。「ここは引き下がっちゃダメ」というね(笑)。

僕もいろんな人を通訳しているけど、まったくわからない人のほうが逆に楽なんですよ。全部訳せるから。でも、ちょっとわかる人って、けっこう端を折っちゃたりするところがあるっていうか。でも、たぶんそれがあったからこそ、僕だけに頼ってられないなって思ったところもあったんじゃないかな。でも、それは彼女の語学的な向上にはすごくいいことでしたね(笑)。
もっと聞こう、もっと聞こうとするから。「最近、よくそこまでわかるようになったねえ」って思いますね。

ただ彼女としては、自分の言いたいことの微妙なニュアンスが相手に通じているかどうか、常に不安があるわけです。僕なんか、「あんたも適当に訳してるわね」って思われてるのかなぁと、ずっと思ってましたからね(笑)。

オフクロはボクサー、僕はセコンド

―― 親子間での通訳というのも微妙なものがありますよね。

勇気 やっぱりフタを開けてみれば、一番最初に出てくるのは母と息子というところがあって。今回もそうなんですけど、何が楽かって、本人はボクサーでリングに上がって自分で闘いに行くとなると、僕の立場はセコンドですよね。だから相手がいる場合は、僕らの結束力は他の人より強いと思うんですよ。それはいいんですね。

だけど二人だけにされちゃうと、やっぱりぶつかるんですよ、なんせ母と子だから。
撮影中は、対俳優さん、対照明さんとか対プロデューサーで、その人たちとのせめぎ合いみたいなところがあって結束するんだけど、二人だけになるとつぶし合ってしまうみたいな(笑)。

母親を「ヒサコ」と呼ぶアメリカの習慣に一苦労

―― 二人だけにもどって、「お腹空いた?」「疲れてない?」とか、親子の素の部分になることはあったでしょう?

勇気 それは全然ありましたよ。ナチュラルに。どこまでがディレクターで、という線が引かれているわけじゃないので。公私共にずっと一緒の日々が続いたので普通の関係の会話をすることも大事だと日頃から感じてましたし。

でも、日本ではまわりの人が「監督」って呼びますよね。僕もやっぱり「オフクロ、オフクロ」とは呼べませんしね(笑)。
それがアメリカでは、みんな「ヒサコ」って呼ぶわけですよ。自分の母親を「ヒサコ」と呼ぶのって、僕にとって最初のうちはけっこう大変で(笑)。
親のことを名前で呼び捨てにするのなんて慣れてないし、照れくさいじゃないですか。でも、慣れてきたら平気になったし、日本では「監督」と呼ぶことにも慣れました。
撮影に入る前、そういう態勢に慣れていないとまずいなと思ったから、自分でそうするようにしていました。親子だけれど、現場には、親子としては立てないわけだから。

アメリカのプロデューサーが「すごくおもしろい」と太鼓判

―― アメリカのプロデューサーはどんな方たちなんですか?

勇気 ロサンジェルスにあるハイドパークという制作会社なんです。トップがアショク・アムリトラジというハリウッドでも名の知られたやり手の方で、その下に今回のプロデューサーであるパトリック・アエロ。
もともとは今回のもう一人のプロデューサーで、アメリカでエンタテイメント・ロイヤーとして映画の弁護士を担当しているジョイス・ジュンさんから紹介されたんです。「もしかしたらハイドパークが、ヒサコのシナリオに興味があるんじゃないか」って。

シナリオを渡したところ、パトリックが「これはいい。すごくおもしろい。やりたい」と言ってきたんです。今回、共同プロデューサーでマヌーという人がいるんですけど、彼はフリーランスでハイドパークに雇われているプロデューサーで、基本的にはマヌーが全体的なプロダクション自体を総括し、たとえばエミリー・モーティマーの所属するエージェントとビジネス的なシビアな相談をしなければならないことがあると、一番のドンであるアショクがドンと出てくるという感じでしたね。


次回は、「レオニー」が初プロデュース作品である勇気さんの熱い“プロデューサー魂”に肉薄します。

| shiori | 映画 『レオニー』 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
Comment
2010/02/19 10:28 PM posted by: ちゃちゃ
≪親子だけれど、現場には、親子としては立てないわけだから≫でしょうね。
でも、本当によかったですね、すごくおもしろいって云ってくれる共同プロデューサーに出会えて。
勇気の熱いプロデューサー魂、楽しみに・・
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