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サポーター、吉田智子さんと御舘田令子さん“日赤コンビ”による松井監督への応援メッセージ&日本赤十字社見学レポート (前編)
日本赤十字社見学レポート

 日本赤十字社東京本社で、社長秘書を務める吉田さんと、副社長秘書を務める御舘田(みたてだ)さん。

 御舘田さんは、2005年12月、大塚副社長の私的な勉強会に、講師として招かれた松井監督のお話を聞いて以来、吉田さんは、2006年1月、同社で上映された『折り梅』に一目惚れして以来、熱心なサポーターに。

 それはそうと、みなさん、赤十字を知らない人はいないと思うのですが、
病院以外に、赤十字社って何してるの? と思いませんか? はずかしながら、私(shiori)もよく知りませんでした。ところが、お二人から、日赤の素晴らしい活動について、また、お二人と日赤のかかわりについて伺ううちに、松井監督の作品やサポートする私たちとも、どこかで巡りめぐってつながっているような、共通するピュアな価値観を感じ、不思議な感動を覚えたのです。

 今回、応援メッセージをインタビューがてら、撮影担当のwakkiと日本赤十字社を見学させていただいたので、そのレポートも合わせてお読みください。

 
★定時過ぎてもこの忙しさ。笑顔をお願いしたらこの通り!

◆ 創立130周年、博愛精神が息づく聖地

 東京、芝大門。東京タワーを背景に、1977年、創立100周年を記念し、故・黒川紀章氏によって建て替えられた、ツインタワーの日本赤十字社の本社ビルがあります。

 日本赤十字社は、その前身である博愛社が1877年に創立され、
その後、日本政府のジュネーブ条約加入により、1887年、日本赤十字社と改称。 

 ビルの前の広場には、日清・日露・第一次・第二次大戦などで殉職した
救護員の慰霊碑「看護婦像」が立っており、ここから既に、赤十字の偉業とドラマティックなヒューマン・ヒストリーを予感させるものが。

 ビル内に入ると、「みんなでもっとクロスしよう!」と書かれた赤い文字のポスターがたくさん貼ってあり、wakkiと私は思わず、「おおっ、クロス!」とハモってしまいました。

 本社ビルの最上階、秘書課の受付で、待っていてくださった吉田さんと御舘田さんは、6時をかなり過ぎているのに、あわただしくお忙しい様子。こちらの勝手な思い込みで、本社は官庁っぽく定時にスッパリ終業しているイメージがあったため、意外さに顔を見合わせる私たちです。




★赤十字を理解し、参加する人をもっと増やすことを目的としたキャンペーン“世界と、市民と、社内で もっとクロス!”を展開中。
12月8日より全国ロードショーの、新潟中越地震を扱った映画「マリと子犬の物語」は、映画収益の一部、試写会会場等での募金が、
日本赤十字社を通して災害支援に役立てられます。


◆ まるで美術館のような佇まい

 その合間をぬって、役員室や特別会議室などを御舘田さんが案内してくださいました。作者ご本人からの寄贈により、多くの美術品を所蔵する本社のこのフロアは、まるでちょっとした美術館のよう。
 ただ、残念なことに、絵画の多くが、「日本赤十字社岡山県支部創設120周年記念特別行事 日本赤十字社所蔵美術展――人道と平和への思い――」に貸し出されていたため、東山魁夷、荻須高徳、東郷青児、小磯良平などの名作は、展覧できませんでした。

 名誉総裁を歴代皇后陛下が務められる関係で、貴賓室があったり、改築前の古い建物では皇族方の休憩室だった広間が、現在は特別会議室として残されていたりと、建築的な意匠としても興味深いものがあるフロアです。
 
「たとえば、本社が所有する素晴らしい絵画を、各地の人たちにお見せしたい。寄付や街頭募金のみならず芸術的なことや美しいものを通して、日赤の歴史や役割を知っていただくことができたら、とても嬉しいです」と御舘田さん。

◆ 赤ちゃんに最後のおっぱいを飲ませ、従軍した看護婦さんも



時間外にもかかわらず、資料室である1階の 赤十字情報プラザ を案内してくださった吉田さんが、赤十字の成り立ちから、これまでの様々なヒューマン・ストーリーを話してくださいます。

「スイス人の実業家アンリー・デュナンが、1859年、イタリアのソルフェリーノの戦いで、死傷者の惨状を目にし、その悲惨さを小説を通じて世に知らしめたことが、赤十字の発端です。日本では、佐賀県出身の佐野常民が、パリ万博に参加した際、初めて赤十字を知り、帰国後、日本人にその思想を広めました。」

「第2次世界大戦中は、この本社ビルの前から整列して、たくさんの看護婦が従軍し、多くの方々が亡くなっているんです。駅で、自分の赤ちゃんに最後のおっぱいを飲ませて、従軍した人も」

「満州からの引き揚げ者や、ソ連からの抑留者を帰還させた病院船『博愛丸』には、自分も船酔いでボロボロになりながらも、何度も日本と中国を往復し、乗船した多くの傷病者を看護した看護婦さんがいたとか」



当時の看護婦さんのユニフォームが展示されていたり、貴重な歴史的資料を公開している赤十字情報プラザは、機会があったら、ぜひ見学してほしいスポットです。

 国交のない国であっても、救援活動を行えるのは赤十字だからこそ。また、日本における看護教育に尽力し、救命にかかわる様々なスキルの啓蒙、被災地への医師や看護師の派遣、救援物資の提供など、私たちに身近なところでも、全然知られていないところでも、赤十字の博愛精神、言葉だけでない真のヒューマニズムは、静かに力強く息づいています。

 この後、お二人に、なぜ赤十字に入社したのか? そして、松井監督への熱い思いを、それぞれ語っていただきました。さらに感動的な後編に続きます。

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