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太田塁さんからの応援メッセージ (前編)
「“越境者”としてのイサム、そして松井監督に共感」

5月に開催された『折り梅』上映会で松井監督と出会い、
サポーターになってくださった文筆家で産業カウンセラーの太田塁さん。
西欧人の血を宿し、幼少時をブラジルで過ごし、
帰国後は逆カルチャーショックを受けたという太田さんは、
同じ“越境者”としてイサムに格別な思いをお持ちです。

最近、著書『何のために生き、死ぬの?』(近藤裕氏と共著/地湧社)
を上梓し、生きるとは? 自分とは? という問いかけを
さらに深めている彼に、ご自身の人生と絡めて、
監督への思い、『レオニー』への期待を伺いました。

前編、後編 に分けてお送りします。




ラテン気質を思わせる太田さんだが、
実際は、自分を表現するのが苦手で、
何か伝えるには絵か文章しかない、と思っていたという。
「そういう悲しいバックボーンですから(笑)、
女性に声をかけることもできませんでしたよ」

―― サポーターになろうと思われたきっかけは?

太田 『折り梅』を観て、いろいろなことを感じたということもありますけれど、
次のテーマである『レオニー』が、すごく気になったからなんですね。
レオニーではなく、ヨネに視点を当てたらどうだったんだろうと思った時に、
男性原理と女性原理を分けるわけじゃないですけど、
イサムノグチが抱えていた人種的、人間的な問題、
アイデンティティが分裂している、
あるいはマルチであるという苦悩を、
ヨネでは感じることができなかったろう、と。
やっぱり自分のお腹を痛めたレオニーが、
先にお腹の中で、越境者としての悩みとか強さを、
きっと感じたはずだと思ったんです。

―― レオニーにそこまで思いを……。

太田 おそらく監督ご自身も、そういう越境者なんじゃないかと私は思うんですね。
ジェンダーのみならず、自身の限界や国境すらも超えてしまえる方。

私は制作の仕事をしたりすると、
よく“業界人”って言われたりしたんですが、
「業界人じゃありません。両界人です」って言ってました (笑)。
両世界。あの世とこの世、男と女、そういう両方を繋ぐもの。
私は自分自身をそう思ってますし、
両世界を生きてるという意味で勝手にそう呼んだのですけれど、
マルチでなければ行ったり来たりできないシチュエーションっていうのが、世の中にはあると思うんです。

―― 越境者イコール両界者なんですね。

太田 ええ。両界者は、上下を繋ぐ中間管理職みたいなものだとも思うから、
つらい部分もいっぱいあるんだけど、
アイデンティティを足枷にしない、しなやかな人なんです。
柔軟でしなやかだったらいろんなことができるんじゃないかな。

イサムノグチも、もし両界者でなければ、
つまり日本人かアメリカ人かどっちかを選んでこだわってしまったら、
ああいうアートは生まれなかったと思うし、
レオニーだって、子供を捨てて故国へもどっていれば、
ああいう劇的な人生にはならなかったでしょう。

ギリギリのところで境を越えられる人というのは、
可能性や能力とは別に、適性があるんだと思う。
宿命といえるかもしれませんけど。


―― 1+1を2でなく、50や100にできる人ですね。

太田 その代わり、常に点線の数字なんですよ。
実数にはならないんです。それはそれでいいと私は思うんです。
それが、カチカチになってる実数と実数のぶつかり合いみたいな世の中で、
緩衝材になったり架け橋になったりする。
そういうふうになれるのは、逆に点線の人なんです。

今回、レオニーもそうですけれど、サポーターの数を見たり、
いわゆる応援、クチコミの力とかそういうものを見ていて、
実数だったら無理なんじゃないかなと思ったんです。
まだ作品ができてもいないのに応援するわけですから、
よく考えれば、すごい無謀じゃないでしょうか? 
だけど、その代わり、みんなそれぞれが観たいレオニーを
そこに注ぎ込めるわけですから、境を越えられる、
そういうふうに自分を越えさせることのできる松井監督だからこそ、
みんなの熱い支持を受けられるんじゃないかな、と思います。

―― そこにご自分を重ねてらっしゃる太田さんも加わってくださって……。

太田 そうですね。実は昔、
インテリアの仕事をしていた叔母がイサムノグチが好きだったらしくて、
ドウス昌代さんが書いた伝記をもらったことがあるんです。
でも、その時は自分にとってリアルに感じられなくて読まなかった。
でも今回、次のテーマがイサムって聞いた時にすぐ、
あの本を20年前にもらったなあ、と思い出して、
ああ、今ならやっと読める、という気になったところです(笑)。


太田さんは4歳の時、父親の仕事の関係でブラジルへ。
小学校2年生から、また日本で暮らし始めるものの、
多感な時期に身につけたものが日本で通用しない
カルチャーショックを受けたといいます。
帰国後は母方の祖父母と暮らし、
“おじいちゃん、おばあちゃんっ子”だったそうですが、
戦争体験者である彼らの影響もあって、
常に死生観とともに生きてきたことが、
共著『何のために生き、死ぬの?』に結実。


長崎出身の祖母は、原爆で家族のほとんどを亡くされたとか。
太田さんは、小さい頃から、母方の家系に西欧人がいると聞かされており、
当時非常に珍しい国際結婚だったことは知っていたものの、
戦争で写真などデータがすべて消失。
アイデンティティを模索しながら、確かめようのないもどかしさ。
それが彼を、本当の自分とは? の旅に向かわせるのでしょう。

イサムに自己が重なるという太田さんは、
『レオニー』への期待にも並々ならぬものが。
後編では、「目に見えない絆があると思う」という母と息子の関係から、
監督へのメッセージと続きます。




最近、上梓された『何のために生き、死ぬの?―意味を探る旅』(地湧社)は、
サイコセラピストの近藤裕さんとの共著。
聖地ルルドの泉への研修ツアー、沖縄での生活など、
スピリチュアルな体験が興味深く、
心からの声に耳を傾けることの重要性を実感。
ぜひご一読を!

| shiori | 応援メッセージ | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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