無料ブログ作成サービス JUGEM
本日、岡山で講演会


本日、岡山駅前「岡山市デジタルミュージアム」にて、
松井監督の映画第1作『ユキエ』上映会と、松井監督の講演があります。
昨年の「レオニー」高松ロケにも数多く参加してくださった
「マイレオニーおかやま」の企画によるものです。
岡山のみなさん、よろしくお願いします!

| wakki | 松井久子監督ニュース | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
『婦人之友』 に松井監督インタビュー


本日発売の雑誌『婦人之友』4月号に、
松井監督のインタビューが掲載されています!

「イサム・ノグチの母を撮る」というテーマで、
今年ついに公開予定の映画『レオニー』製作までの道のりを
巻頭カラー4ページにわたり松井監督が語っています。
ぜひ、お手にとってみてくださいね。
 
| wakki | 松井久子監督ニュース | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
伊藤勇気プロデューサー ロングインタビュー(7)

第7回 犬山、横浜、つくばみらい、高松での撮影



日本でもアメリカ同様、撮影は1日12時間ペース

―― 日本での撮影が始まって、日米の現場での違いを何か感じましたか?

勇気 違うといえばすべて違いますよね。個々の通って来た道が違う分、自分たちのスタンダードがみんな違うから。何が正解というのもないですし。

今回はエミリーがいたから、1日12時間労働の縛りがあったけれど、それがなかったらもっと全然かたちが変わっていたと思います。日本でもアメリカの時間割りのように時間を割っていきました。

―― 1日12時間というのは日本でも踏襲されたのですか?

勇気 そうですね。だってそうじゃないとエミリーを使えないですから。

―― エミリーが登場しないシーンでも?

勇気 当然当然。今回の映画自体がアメリカのユニオンにレジスターされてる映画なので。

日本人スタッフはキビキビよく動く

―― 日本での最初のロケ地、犬山はどんな感じでしたか?

勇気 アメリカで4週間、ニューオリンズロケがあって、その後1週間サンタバーバラという全部で5週間のアメリカの撮影が終わってから2週間の空きがあって、6月1日から犬山(明治村)だったんです。犬山自体があまり何もないところだったから、すごく集中してできたと思います。

エミリーも初めての日本で、いきなり明治村につっ込まれて……って感じだったんじゃないかな(笑)。明治村で大変だったのは、現場となったところがセットじゃないので狭かったんですよ。でも本物ですから。本物の当時のお家を使わせていただけたのは絵的には大きいと思いますよ。

それこそ感覚としては2本の映画を撮ったような感じ。
犬山に入った時、エミリーはエミリーで、僕は僕で、監督は監督で、永田さんは永田さんで、あのニューオリンズの1日目のように、みんな探り合いで「日本ではうまくいくのかな?」みたいなふうに見てたところはあったと思う。
でも、日本のスタッフさんたちのキビキビとした動きには圧倒されましたね。アメリカとは違った現場での動き方が確実にありましたね。

――犬山の次は横浜ですか。

勇気 横浜は1日だけだったんです。船に乗るシーンを港で撮ったんですけど、あれは本当にロケって感じでしたね。わりとサクサクッと進んだと思います。

細部に手を抜かない日本人スタッフの職人気質に感動

――その後のロケ場所が、つくばみらい市にある「歴史公園ワープステーション江戸」。いわゆる江戸村ですが、ここは高松や札幌をはさんで何回か撮影してますね。

勇気 100年前の日本橋を再現して。立ち並ぶお店や道行く人々のいでたちの細かいところに至るまで、日本のスタッフさんの思いが反映されています。本人たちはどう思ってたかわからないけれど、「これでどうだ、監督」って挑むような気持ちもあったんじゃないでしょうか。みなさんが手を抜かないところに、勤勉さや責任感、負けないぞ……みたいな国民性が出てるような気がしたし、素晴らしいなと思いました。

―― 日本の映画人魂が集結してましたね。全員一丸となってのチームプレイは、日本人のほうが得意なんじゃないですか?

勇気 日本のほうが得意ですね。照明なり美術なり、一個一個のチームの締まり方がやっぱり違いましたね。上の人が下の人たちをしっかりと動かせられるんですよ。
アメリカは何か寄せ集められて……というところがあるから。日本は早く終われば早く家に帰れるけど、むこうは遅くやれば遅くやるほどお金になるから、その感覚でやっぱり違ってきますよね。アメリカ側はそれを狙ってやっていたわけじゃないでしょうけれど。


高松で“マイレオニー魂”を実感!

―― 高松はいかがでしたか?

勇気 高松での撮影にかかわってくださったマイレオニーの湯浅文代さん、すごいですよね。僕は、高松のエキストラのシーンは見てないんですけど、2日間で500人近いエキストラを集めてくださったとか。“マイレオニー魂”を持った方だと思います。

みなさん、マイレオニーの方たちはすごいんですけど、自分に見返りを求めてる人が一人もいないじゃないですか。「いいの、私は」みたいな。「こうさせてもらえるだけで幸せ」みたいな。あれはびっくりしちゃいますよ、本当に。

―― マイレオニーには、ピュアなものが通奏低音のように流れてる気がします。

勇気 自分がこれだけできるんだっていう突破口を見つけた人たちが、それを楽しめるというのがすごいですよね。普通、「もうちょっと、こういう扱いしてくれてもいいんじゃない?」とか、「こんなにがんばってるんだからもっと何とかしてよ」っていうのがあるんじゃないかと思うんですけど。

次回は、勇気さんだけに明かされた、今だから話せるトップ・シークレットについて語っていただきます。

| shiori | 新作 『レオニー』 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
HAPイベント 松井監督講演レポート



3月1日の当ブログでご案内があったように、銀座のギャラリー悠玄で3月3〜5日、NPO法人HAP(Healthy Aging Projects for Women)主催のイベント、「Meet The HAP“健康の絆”」が開催されました。
HAPのメンバーにマイレオニーのサポーターさんがいらっしゃるご縁で、会場の一角にて「マイレオニーパネル展」が催され、「レオニー」撮影中の松井監督のインタビューが掲載された新聞記事や撮影風景の写真などが展覧できます。

パネル展を巡っていると、「レオニー」を語る監督が載った北海道新聞に見入る方たちから「この映画、早く観たい!」「観たいね。おもしろそう!」という声が口々に聞かれ、嬉しい気持ちになりました。

「HAP文化イベントスペシャル」として、4日に行われた松井監督のトークを、shioriが聞いて来ましたのでレポートします。


命がけで描きたかったもの

7年前、高松のイサムノグチ庭園美術館で見つけたドウス昌代さんの原作から、イサムノグチの母レオニーを映画化したいと天啓のようにひらめき、実際に映画製作にこぎつけるまでお話は何度聞いても感動を新たにします。

シナリオだけでも14稿に達したそうですが、そこに至るには、まず英語に直訳し、それをアメリカ人ライターが英語のシナリオに書き、それをまた日本語に翻訳したものを読んでみると「全然違う!」というような経緯を経てのこと。それを聞いて、会場からは「ほうーっ」というため息がそこここに。

「シナリオというクリエイティブな作業と同時に、出資者を探したり製作スタッフに当たったりという作業も並行して進めるわけです。実際に製作に入るまでの数年間の間には、もうだめかなと思うこともあって、自分で言うのはおこがましいけれど、命がけでやっているという思いがありました」

だからといって、自分の身の丈に合わないかもしれない日米合作の大作は、自分には無理なんじゃないかと思ったことは一度もない、と松井監督はきっぱり。


「いざ撮影する段になっても、数年間ずっとそのことばかり考えていたから、迷いがないんですね。これが2年ぐらいで実現してたら、このシーンはどう撮ろうとかいろいろ迷っていたかもしれません(笑)」


日本の本当の文化、美しさを世界に伝えたい

テレビで人気の出た番組を映画化してそこそこヒットする、という日本の映画界の風潮やアメリカ映画での日本の描かれ方のウソに義憤が募り、「日本の本当の文化を世界に伝えなくてどうする。子供たちに何を残すのか」と発奮した背景も語られました。

「日本の大御所の監督たちが、何で世界に通用するような日本の美しい文化を描いた映画を撮らないんだろう」と思っていた、とも。

「今と違って、100年前のシングルマサーというのはとんでもないこと。相手がどうあれ、自分が愛した事実を受け容れ、その結果を引き受けたレオニーの潔さこそ、私が命がけで描きたいと思うものでした。
それを、フジヤマ・ゲイシャじゃない日本の本当の美しさ、それも江戸時代のサムライではなく、明治、大正の普通の暮らしの中で描きたかったんです」


映画撮影風景のスライドショー



製作までの長い道のりのお話の後、映画撮影風景のスライドを見ながら、監督からひとつひとつ説明がなされます。

ニューヨークでレオニーとヨネが初めて出会うシーン、イサムを妊娠したレオニーが、カリフォルニアに移住してイサムを産むシーンのために借りた牧場でのロケ風景、犬山の明治村で撮影されたレオニーの家のシーン、そして撮影の合い間に撮られた俳優たちとのスナップなど。

「レオニーがイサムとともにアメリカから横浜港に着いたシーンは、今の横浜ではこんなシーンは撮れませんから、高松の善通寺でロケをしました。大きい船のタラップの部分だけセットで、あとボカしているところは後でCGを加えます。後ろに山が映ってますけど、山なんか見えちゃいけないから後で消すんです」
と裏話を明かすと、会場からは笑い声も。


アメリカの試写スタイルから影響


アメリカでは映画完成前でもどんどん試写をして、観客からの意見を積極的に本編に取り入れていく、というお話もありました。

「日本だと考えられないでしょう。スッピンで人前に出るようなものですから恥ずかしい。お化粧して出たいなと思うんですけど、それによってここがわかりにくいとか、アメリカ人の意見が聞けてすごく参考になりました」

「津田梅子役の原田美枝子さん、ラフカディオ・ハーンの妻セツ役の竹下景子さん、お茶の先生役の中村雅俊さんも、みなさんすごく英語が上手なんですね。
売れっ子で超多忙の中村獅童さんは英語の台詞を覚えるのが大変だっだろうから、気になって試写の時にアメリカ人に『何て言ってるかわかる?』って聞いたら、『彼はセクシーで魅力的だから、英語がどうのこうのなんて関係ない』って(笑)。
アメリカでも獅童さんはすごい人気ですよ」

キャスティングに関して、ギャラリー悠玄オーナーの高橋さんから「俳優さんはどのように決めたのですか」と質問があり、「直感。直感人間なので(笑)」と監督。

「レオニー役のエミリー・モーティマーは、過去の作品を観た限りでは、レオニーを演じるには可愛い過ぎる、レオニーはもっと硬い感じのほうがいいんじゃないかと思ったのですが、実際に会ってみたら、私のシナリオを完璧に理解していて、これはもう彼女しかいないと思いました。中村獅童さんは、最初からヨネ役は彼しかいないと思って、3年ぐらいずっと口説いていたんですよ」

そんなエピソードも加わって、監督のお話は終了しました。


「レオニー」を口コミで周囲に広めて



最後に、ギャラリー悠玄オーナーの高橋さんから閉めのお言葉が。
「松井監督のお話をどうしても聞きたかったので、映画の最終チェックでアメリカにいらっしゃる日程を遅らせていただいてまで、お願いしていらしていただきました。
情熱的な松井さんのお話を伺っていると本当に力が出ます。『レオニー』の試写をみなさま、どうぞ楽しみに。そして、ご覧になった方はそれをお友達に伝えていっていただきたいと思います」

松井監督も、「どんな宣伝より、私は口コミが一番だと信じています。実際にご覧になって、いいなと思われたらどうぞご友人にも勧めてください。14日から今月いっぱいロスへ行きますが、完成試写会や劇場公開を楽しんでいただけるよう願っています」

ちょうど2年前の3月19日、ギタリストでアンサンブル・ノマド主宰の佐藤紀雄さんと松井監督が、「レオニーへの想いをのせて」というギターとトークのイベントを行ったギャラリー悠玄。
その頃と違って映画が既に撮影を終え、完成間近であるということは何と嬉しいことでしょう。そんな感無量の思いを強くしたトークイベントでした。
オーナーの高橋さん、ディレクターの佐藤さん、どうもありがとうございました。


| shiori | イベント | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
伊藤勇気プロデューサー ロングインタビュー(6)

アメリカでのロケの様子は、wakki が克明に記してくださっていて臨場感あふれる「マイレオニー アメリカロケ見学ツアー」レポートでもご覧になれます。ニューオリンズの街の雰囲気もビンビンに伝わってくる楽しいレポートは、まだ続行中です。




第6回 獅童さんの演技力、永田鉄男撮影監督の偉大さ

わずか1週間の撮影期間で役者魂を見せた獅童さん


―― いつ頃から現場がなごんできたのですか?

勇気 いい絵(映像)が撮れた日はやっぱりなごむし、アメリカでは7日間に1日は必ず休日を取るので、「1週間終えられた」、「来週もがんばりましょう」っていう気持ちになる時もあったけれど、でもやっぱりアメリカ滞在中はずっと仕事してるって感じでしたね。

でも、「今、裏でちょっと30分だけ仮眠取ったんだけどさ」みたいなドロドロした感じではないから充実してましたよ(笑)。毎朝4時起きで大変は大変でしたけど。

ちょうど3週間目に入った頃、中村獅童さんが飛んでらして。いろんなお仕事をされている強行スケジュールの中、1週間しか時間がなくて、アメリカのシーンを全部撮りきらなきゃいけなかったのは、彼にとっては大変だったと思います。
でも獅童さんの演技はすごくて、役者としてさすがだなと思いました。

アメリカでも愛された監督のチャーミングさ

―― アメリカの現場の雰囲気はすごくよかったそうですね。


勇気 すごくよかったです。アメリカは、監督の絵を撮るために自分がいてお金をもらってるんだ、っていうスタッフの精神的なベースが、すごくしっかりしているんですよね。
あとはやっぱり、松井の長所だと思うんですけど、言葉でのコミュニケーションに頼らなくても、彼女のチャーミングさというか、人柄のよさっていうものがスタッフ全員に伝わってたと思いますね。

単に自分にはボスがいて、ボスが監督とやりとりしてるから私は関係ないというのではなく、みんなが彼女に個人的に接する道を持っていた。だからすごく慕われてたと思う。それは監督としてはすごい大事なこと。束ねたくても束ねられない人もいっぱいいると思うし、普通、束ねられないですからね。

―― 監督はどこでも愛されるんですね。

個人的にもリスペクトする“兄貴的存在”永田さん

勇気 あとやっぱり、僕らは永田鉄男さんの存在が心強かったですよ。日本人で、海外での映画のやり方を知っている人が、この作品に対する松井の思い入れと、松井本人を監督としてしっかりと立ててくれて、技術的にもすごく大きなサポートをしてくれました。

僕は個人的にずっと海外で生活してきて思うんですが、日本人でありながらむこうに完全に溶け込むことができた人って、まわりを見ても何気に少ないんですよ。
僕と一緒に海外に留学した友達はみんな日本に帰ってきていて、今じゃもう英語もろくにしゃべれないぐらい忘れちゃったりしている。

その中で、僕より上の世代で名を馳せてる日本人ていうのは、僕にとっては兄貴的存在っていうか、「すげえなぁ、この人!」って感じなんです。
鉄男さんは鉄男さんで僕をすごく可愛がってくれて、僕のことをおもしろがってくれてたから、僕も慕いやすかったんです。

それで監督と撮影監督の間でちょっとぶつかることがあったとしても、そこに僕がお互い別々にアプローチしてみたりして、お互いのうまく伝え合えなかったところに首を突っ込んでみたり。(笑)

―― さりげないネゴシエーション。そういうのが大事なんですよね。

勇気 そうですね。別にケンカというわけではないけれど、二人とも自分のスタンスを持ってるから、ぶつかり合い方もお互いのスタンスを崩さずにぶつかるんで、うまくいく時ははまるし、お互いが納得いかない時は納得いかないままで終わることもありますよね。でも、二人とも個人的な感情でのぶつかり合いではなく、とても大人な関係だったので安心できてました。

―― 現場で言い合うことがありましたか? あのもの静かな永田さんが……、想像できないです。

勇気 永田さんは、自分の中で「これ」というかたちができるまでは、しっかりと言う人だから。でも、それを押しつけるようなことはしないし、最終的には監督としても折れるというか、永田さんが言ってることが利にかなってるところは、受け容れる器があると思う。ただ、これは曲げられないってところでは、はね返しちゃうところもあるわけです。
でも、それが言い合える仲だったということだと思います。

―― 信頼関係があってこそできるんですよね。

勇気 お互いの人格へのリスペクトが、ものすごくあったんじゃないかなと思います。どっちもどっちで勝手なことばっかり言って……となってしまったら、背中向け合うだけになっってしまうけど、たとえそういうことがあったとしても、次のシーンにもどってきた時には、お互いにそれをまったく引きずらずに前に進めていってましたからね。


次回はいよいよ日本での撮影です。

| shiori | 新作 『レオニー』 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
3/3〜5 マイレオニーパネル展を開催します
バンクーバーオリンピックも閉幕し、
あっという間に3月になってしまいましたね。



さて、マイレオニーで何かと縁の深い、銀座の「ギャラリー悠玄」では
3月3日(水)から5日(金)まで、「マイレオニーパネル展」を開催します。
4日(木)夜には、松井監督が来場、トークイベントもあります。

この3日間、ギャラリー悠玄では、
NPO法人HAP (Healthy Aging Projects for Women) 主催のイベント
「Meet The HAP “健康の絆”」が行われます。

特定非営利活動法人Healthy Aging Projects for Women(略称HAP)は、
女性のライフステージに応じた健康管理と疾病管理(以下「ウィメンズヘルスケア」という)の
改善とその向上を図るための情報を、広く一般女性および医療ならびに関連領域に従事する者に
伝え、社会にウィメンズヘルスケアのあり方を提言する、
それらの活動により女性のQOL向上に貢献することを目的とするNPO法人です。

3日間行われるこのイベントでは、
「20代30代の知って得する女性の健康力&女性力アップセミナー」
「産婦人科医による無料健康相談」 などが行われます。

このHAPのメンバーでマイレオニーサポーターの方がいらっしゃることがご縁で、
このたび、イベント会場の一角をお借りして、マイレオニーのパネル展を行うことに
なりました。新作「レオニー」の情報をはじめ、
これまでのマイレオニーの歩みがわかる展示を行います。
会場ではサポーター受付も行います。

そして「HAP文化イベントスペシャル」として
4日(木)19時より、松井監督のトークイベントを開催します。

開催は、3日(水)〜5日(金)の11時〜19時。
4日のトークイベント参加お申込みの方は、
申込用紙(PDF)を参考に、HAP事務局までお申し込みください。
マイレオニーパネル展は期間中いつでもごらんいただけます。

ぜひ遊びにいらしてくださいね!
| wakki | イベント | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
伊藤勇気プロデューサー ロングインタビュー(5)

第5回 アメリカで撮影がスタート



探り合いから始まったファースト・シーン

―― 実際にニューオリンズでの撮影はいかがでしたか?

勇気 撮影の全行程は4週間。僕らはその6週間ぐらい前に現地に入りました。プリプロダクションという作業で、去年の2月から4月までの2ヵ月。
やることは、とにかくロケハンです。あとは各スタッフを決めていったり、エキストラのオーディションをしたり。

アメリカは、ユニオン(組合)の決まりがあるので、俳優さんを1日に12時間しか使えないんです。日本みたいに、「監督が今日撮るって言ってるからみんなで徹夜してでも撮る」といったことはないのですが、逆にすべてユニオンの許可する撮影時間との闘いなので、ファーストAD……むこうの助監督がしきりに「このシーンとこのシーンをこの日にやって」と言ってくる。
すると監督が出てきて、「このシーンはもっと時間かかるんだから、別の日にしなさい」と。最初に決めたスケジュールを、シャッフル、シャッフル、シャッフル……と。
最終的にどうにか決めていって、あとは1日1日をこなしていくという感じです。

―― ファースト・シーンの印象は?

勇気 最初はやっぱりみんな本気なので、みなさんが探り合っていたようですね。
俳優は「どうなの、あの監督」から「この永田鉄男って、どういう照明で私のこと撮ってるの?」、「ここまで3時間で撮るって言ってたけど、今、4時間かかっちゃってるけど大丈夫なの?」とか、「照明、時間かかってんじゃないの?」とか。もう、とにかく探り合い。

最初のシーンは室内。その家の外にケータリングやコーヒーが置いてあったりしていて、家の外にはスタッフたちがいて、その奥にトレーラーがあって、そこにはセキュリティーがいて、奥では奥のスタッフたちがしっかり仕事をしていて、どんどんどんどん密度が濃くなっていって、撮影の現場に近づいていく。その現場にはいろんなものが立っていて、そういう中のここの間だけ、右にも左にも振れないみたいなわずかな空間で芝居しているわけです。

―― すごいテンションですね。エミリーへのシーン説明って全部、勇気さんがするんですか?

勇気 当然監督の演出を伝えるのは僕の仕事でした。その中で、どこまでの説明が自分でできるのかっていうのが、1日目はやっぱり一番大変でした。みんなが探ってるから。
わかってくれてないんじゃないか、言ってることが通じてないんじゃないか、とか。僕の言ってることが通じてなくて、「私、できない」って言われちゃったら終わりだし。
もう全員みんな、目が泳いじゃってましたから(笑)。

1日目、いいスタートを切れた!

例えば、エミリーがちょっと不安そうな顔したけど、今の俺の説明がわからなかったのかな、それとも、あ、監督に対して今、ちょっとわからないって顔したなとか、気になっちゃって。

とにかくアメリカの俳優は、1日12時間労働と決まってるから、1時間でも遅れると何百万ってお金がよけいにかかるわけです。だから1時間もズレられない。

でも、1日目は何とか時間内に終わったんですよ。それがすごいいいスタートで、みんなの中でも、「ああ、1日うまく終わった」と。
あの感じは今でも忘れられない。1日目のことは印象強いですね。すごく気持ちよくなったのを思い出しますね。

―― 伺ってるだだけでドキドキしましたよ。

勇気 1日目が終わって、エミリーを連れて一緒に寿司を食べに行ったんですけど、彼女も1日目が終わったことを、「よかったねえ!」と言って、監督の肩を揺すってたような気がする。
次の日も、また朝4時からメイク開始だったんですけど、1日目が無事に終わったことでみんなの中にホッとする気持ちが広がっていたのだと思う。

とにかくお金がギリギリなところでやっているから、これ以上追加の時間を出せないというところでやってるにもかかわらず……それは助監督の仕事なんだけど、その理解にちょっとチグハグなところがあって、もうギスギスな雰囲気で終わったことがあったんですよ。撮影開始3日目に。

監督はは怒り出しちゃうし、怒っちゃったのをみんな聞いてたから、みんなもギャ〜〜〜、みたいな。どーすんの、この雰囲気(笑)。

3日目、監督がキレた!!

僕自身も切り詰めてやってたから、その時の詳細は覚えてないけど、その日の朝だったかな、僕が大ゲンカしたんです、オフクロと。

僕はあくまで、まわりからの「こういうの問題になってますよ」とか、「こうしたほうがいいんじゃない?」っていうのを、監督をサポートするつもりで話したんだけど、本人からすると、「どうするんだ、どうするんだ?」と、僕に突き詰められちゃったみたいな感じがしたんでしょうね。完全にいっぱいいっぱいだったところに追い込みをかけてしまって……。

で、監督が「うわあああああ」ってなっちゃって。あ、俺、ここにいたらダメだと思って(笑)。それで俺、現場を離れたんですよ、1日。その日は終日遠くから見てました。何が理由だったかは忘れちゃったけど。何かあったら、横のほうで監督の見えないところで処理しようと。

―― 冷静ですね。

勇気 あんなにヒステリックなのは初めて見たので。僕がヒステリックにギャーッと捲し立てることは若い時は何度もあったけど。いや、もう完全にキレさせちゃったんですよ。
これ以上詰め寄ったら本当にパンクしちゃうと思って、退いたことがありました。

―― 長い撮影中、それ1回だけ?

勇気 その1回だけ。それ以降、お互いにそのトピックには触らないように、って感じだったかも。

あとは僕とマヌーの間で、うまくその話は監督には持っていかないようにしたんだと思いますけど。そこが揺れちゃうと絵に出てきちゃうから。でも、その日はそうとう機嫌悪かったですけどね。
でも、細かいことでのスッタモンダはいっぱいあったから、そういうのを一個一個除けていって、前へ進んでいかないと。
今、もうできちゃったかのように話しているけど、映画作りの過程はまだこれからもあるわけだから、それで気が抜けないのと一緒で、あんまりひとつのことでつまづいていられない。

次回、まだまだ撮影現場の“メーキング・オブ”が続きます。

| shiori | 新作 『レオニー』 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
松井監督が今週末に大阪と愛知で講演します

私たちマイレオニーが応援してきた映画 『レオニー』 製作を、
今年初めについに完成させた松井久子監督が、
1月30日の町田市講演につづき、
今週末、大阪と愛知と2日続けて講演を行います。

まずは、2月27日(土) 15時〜16時20分
東大阪市立男女共同参画センター「イコーラム」で
行われている「イコーラムフェスタ」で講演します。

(イコーラムは、近鉄奈良線「若江岩田駅」下車、北側すぐ)

講演タイトルは 「人のせいにしない生き方」。
講演に先立ち、13時からは
松井久子監督の第2作 『折り梅』上映も行います。

お問合せ:東大阪市立男女共同参画センター・イコーラム
TEL 072-960-9201



つづいて、翌日2月28日(日)は、
昨年、『レオニー』の日本での撮影を最初に行った「明治村」がある、
愛知県犬山市での講演。

「犬山市男女共同参画フォーラム」 の企画として行う
松井久子監督 講演会 「生きることは出会うこと」

13時開場 13時30分開演
会場 犬山市南部公民館(犬山市民文化会館隣)
前売り500円、当日700円

お問合せ・お申込み:犬山市地域活動推進課(フロイデ 内)
TEL 0568-61-1000

どちらの講演でも、映画 『レオニー』の撮影エピソードがたくさん聞けると思います。
特に、ロケ地となった犬山での講演は、松井監督も、撮影のときに
ボランティアやエキストラでお世話になった地元の皆さんにお会いできるのを
楽しみにしています。ぜひ、遊びにいらしてくださいね。

| wakki | 松井久子監督ニュース | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
伊藤勇気プロデューサー ロングインタビュー (4)

第4回 アメリカの撮影場所はいかにして決められたか



ニューヨークが舞台だからといって、ニューヨークで撮影されるとは限りません。
しかも時代背景は、100年以上も昔の1900年代。
当時の雰囲気をリアルに伝えるためには風景、街の描写から衣裳、スプーン1本のインテリアに至るまで、様々な要素が必要とされます。そして、それらを作るスタッフたちも。セットなのかロケなのか、作るのか運ぶのか。
同時に予算と時間との闘いでもあり、管理はすべてプロデューサーの仕事です。
映画製作は、まさに千里の道も一歩から……。


縁があったルイジアナ

―― どうやって撮影場所を決めたのですか?

勇気 これだけの映像をしかも時代劇なので、そこらへんで撮る、というわけにはいかないじゃないですか。全部セットで作るのか、ロケをするのか、基本的にバジェットの中でどこまでできるか。
最終的にはルイジアナ州とカリフォルニア州で撮ったのですが、ワシントン州のスポーケン……シアトルから800キロぐらい東だったかな、そこへ見に行ったりもしていました。

アメリカでは各州とも、映画のプロダクションを持ってくると、プロダクションは免税措置を受けられるんですよ。その税率とか、季節的なこと……この映像を撮りたいんだけど、その時期トロントは豪雪だからできないとか、そういうふうに考えていくと、どんどん候補地は狭まっていくわけです。

―― 撮影期間が限定されてますものね。

勇気 お金があったらどこでも何でもできるだろうけど、こうせざるを得ないということで決まっていったんじゃないですかね。
でもそのうえで、あの人が映画撮るとまたルイジアナか、みたいなところがありましたね(笑)。まさか本当に10何年して、あそこに戻るとは思わなかった。あんなルイジアナの奥地にあんな大変な思いして行って、「ユキエ」を撮って、もうこれで終わりだろうと思っていたら、また。

―― 「シェーン、カム・バック!」みたい。

勇気 縁なんですよね。「ユキエ」の時にニューオリンズも行ってたから、今回も同じ空気感でクルーの感じも同じで。縁だと思います。

ロケで撮ると決めても、もともと無いものはセットで作っていかなきゃいけないから、衣裳にしても1900年代の衣裳でエキストラ全員300人分っていうと、それだけでお金がかかる。
それをロスから持って行くのか、ニューオリンズで用意できるのか、ってことでコストは変わってくるし、もう事細かなことから、どこでやるのかっていうことは、お金の使い方にすごく影響してくるので。

そのさじ加減をすごくわかってるいる人が、今回共同プロデューサーのマヌーだったんですけど、「これだったら可能」「これは無理だろう」とかってのはやはりあったし、その中でも監督本人が気に入らないといけないから、一緒に見に行って、「これならできるでしょう」と決まるまでにはいろいろありましたね。

ニューオーリンズの映画スタッフの豊富さ

―― 何ヵ所ぐらい見に行ったのですか?

勇気 基本的にはスポーケンとニューオリンズです。2ヶ所目のニューオリンズで、もう決めちゃいましょうと。決め手は、スポーケンより撮れる角度が多かった。
スポーケンのほうは小ちゃすぎて、もしこの通りをニューヨークにデコレーションしたとしても、こっち側が抜けられないとか、あっち側は向こうのビルが見えちゃう、とか、そんなのばかりだったから。
ニューオリンズは絵になる街だし、フレンチ・クォーター的じゃない、ニューヨークに見えるところもあるから。

あと、室内でのお芝居はスタジオでできるので、じゃスタジオで安いところがあるかとか、安いだけでなく、飛行機が上空を通ると音が入ってしまうから、飛行機が飛んでたらいけないわけで、そういうところでもニューオリンズがよかったんです。
あとニューオーリンズの何がよかったって、やっぱり映画を作るスタッフが多いんですよ。つまりその人たちのホテル代がいらない。そういうことだけでもすごく予算が変わりますから。他の地域からクルーを連れてきて、しかも偉い人たちになっちゃうとビジネスクラスじゃないと行かないと言われたり、いろんなことがありますからね。

その結果、ニューオリンズの人材の豊富さと、映画製作に対する州のバックアップがいいこと、あとは基本的にアメリカで撮りたいというものが撮れるか、ということ。それで決定したんです。

パサディナのシーンは妥協できない

かといって、じゃあパサディナのシーンが撮れるかっていうと、いろいろ探しましたけど、とにかくルイジアナって真っ平なんですよ。パサディナの山みたいなものが全然ない。
それを、例えば撮り方でごまかしちゃって……壮大なパサディナの風景が広がるべきシーンで、ニューヨークからレオニーがイサムを産むために訪れるというストーリーを、セットのテントだけ見せて、っていうのはどうなのかな、と。

やっぱり妥協できないシーンだったから、それは別撮りでカリフォルニアで撮りましょうと、サンタバーバラで撮ったんです。1週間だけだけど、そのユニットを変えるってことだけでも……サンタバーバラはまた別の撮影隊ですから、そうとうお金がかかるわけですよね。

でも、そういうところで正直、今回の作品を見ておもしろいなと思うのは、場所が変わったことによって空気感が変わることのリッチさ。
ニューヨークとしてニューオーリンズで撮っている映像の後に、カリフォルニアの映像があり、明治村で撮っていてる東京の下町があり、札幌のモエレがある。それは本当に贅沢ですよ。

―― それは日本サイドの助監督さんたちもおっしゃってましたね。

空気感というのは本当に大事で、たとえば、ニューオリンズで妥協して、山のないところで、ちょっとした丘があるから、「もうこれでいいんじゃない?」みたいに撮っちゃってたら、せっかく、それぞれの場所がこれだけ違うから引き立つ全体の感じは出なかったかな、と。


やっと決まった撮影場所。次回は、実際に撮影がスタートします。

| shiori | 新作 『レオニー』 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
アナウンスハウスと15年を振り返る〜ニュースと朗読にのせて〜 レポート

すでにブログでご紹介しましたとおり
マイレオニーが事務局を置いている「アナウンスハウス」が
設立15周年を記念して、2月20日に、初の朗読会を行いました。

私wakkiをはじめ、マイレオニーのメンバーも駆けつけました。
そして今回、レポートを書いてくださったのは、
なんと、松井監督です!

マイレオニーの副代表をつとめ、アナウンスハウスの代表(社長)でもある
谷岡理香さんとの出会いのエピソードにもさかのぼる、熱いレポートをどうぞ。

------------------------------

昼間はTシャツ一枚でも過ごせた温かなロサンゼルスと違って
東京は何て寒いんでしょう…と思っていたら、案の定、風邪を引いてしまって
身体の中に熱がこもっている感じの土曜日。日頃お世話になっている
マイレオニー副会長・谷岡理香さんの会社アナウンスハウス15周年記念の
朗読会に行ってきました。

会場は2008年の3月に「レオニーへの想いをのせて」と題してギタリストの
佐藤紀雄さんとトークとギターの夕べを行なった銀座のギャラリー悠玄
フラメンコのタブラオを思わせる白壁のお部屋に入った途端に、2年前の
あの日のことが懐かしく思い出されました。

マイレオニーのイベントの時は、いつもその直前にちょっと不幸なアクシデントが起って、
「レオニー」製作はやはりできないのではないか…と、不安でいっぱいになりながら
毎回その不安から逃れるようにして、お客様の前で自分の映画製作への思いを語ったものですが、「レオニー」がほぼ完成した今、あのときの心もとなさが一度によみがえって、ついついジンときてしまったのでした。

???
朗読会の報告のはずが、自分のことばかり書いてどうする…!

この日の朗読会のプログラムは、最初に若い二人の女性アナウンサー原田佳子さんと畠山小巻さんによる与謝野晶子の「君しにたまふことなかれ」の朗読から、舞台上も客席も始まったのですが、やはり最初に思ったのは、やっぱり声が美しく鍛えられているなぁ…ということ。お二人のはっきりとした口跡に、アナウンサーならではのプロの訓練のあとを感じました。

続いて、この日の出演者の黒一点、プロのアナウンサーではないものの、アナウンスハウスの勉強会で朗読や表現の勉強をしているという菅野秀之さんの朗読「グレーシャーの子やぎ」。朗読の題材と内容にふさわしく、菅野さんの優しい人柄がにじみ出るような、そしてとても初々しい朗読でした。

そして、お次の出しもの(?)は、「アナウンスハウスと15年を振り返る〜ニュースと朗読にのせて〜」。

谷岡さんがアナウンスハウスを設立したのは、バブルがはじけたばかりの1994年でしたが
その年から2009年まで、15年間に国内外で起きたニュースを縦糸に、6人のアナウンサーが思い出すご自身の人生の軌跡を横糸に、軽快なタッチで構成された朗読劇は、なかなかオリジナリティに溢れた楽しい企画でした。

聞きながら、何が面白かったのかというと、その年々のニュースを耳にして振り返っていると、その時の自分が何をしていたのか…をとても克明に思い出すことができるのです。
ニュースの15年と舞台上の朗読者たちの15年と、その上に自分自身の15年までが重なった
三重構造のタイムトラベル…はじめて経験する、とても不思議な、そして興味深い体験でした。

それからもうひとつ面白かったのは、ニュースを伝えるアナウンサーや放送記者は、その人がひとつのニュースを「どう見ているのか?」の視点を求められる職業なのではないか…と改めて気づいたことです。
もちろん実際の放送の仕事では、番組のメイン・キャスターやアンカーと呼ばれる人たちにしかそんなことは許されず、特に女性アナウンサーにジャーナリストである彼女の「個の視点」を求められることなど滅多にないのでしょうが、この日の朗読会ではアナウンスハウスの彼女達の「社会を見る目」がくっきりと(けど少しも押しつけがましくなく)浮き彫りにされて、これは放送ではなかなかできない素敵な試みだな〜と感心したのです。

アナウンスハウスの設立の年はまだ大学生だった5人が、15年の間に仕事の場だけでなく、結婚や離婚や、人生のいくつものターニングポイントを経てこのように報道の第一線で活躍されているんだ…と思うと、人生の先輩としてとても頼もしい気持ちにもなりました。

その朗読劇に挿入された竹田のり子さん朗読の「クラウディアのいのり」というノンフィクション・ラブストーリー。そのストーリーを全く知らなかった私は、逆にぐいぐい引き込まれて、最後には不覚にも涙なくしては聞けなかったほど感動的なものでした。

そして1時間半の朗読会の最後の出し物は、その日のメインイベント、私が若い頃に何度も劇場で観たなつかしい「夕鶴」。木下順二の脚本を朗読劇で…という試みは他のいろいろな朗読会でもやられているのでしょうが、読み手がアナウンサーという職業の人々だっただけに、ひと味違ったものになっていたと思います。

何がひと味違っていたのかというと、アナウンサーと俳優とはどちらも「声」を使って何かを伝える仕事ではあっても、「ニュース=ドキュメンタリー」と「劇=フィクション」とは相当に違うものだということを改めて認識させられた…ということでしょうか。アナウンサーはどこまでも「素の自分」をさらしてする仕事ですが、俳優は「役になって演じる」のが仕事。今回の「夕鶴」でアナウンスハウスの皆さんは、少しだけ越境し、自分たちの仕事とは別分野の俳優の仕事に挑戦されたわけで、朗読劇としての完成度はともかく、彼女たちの勇気ある挑戦には、ひとまず拍手を送りたいなと思いました。
つう役の谷岡さんはキャリアが長かった分、よりアナウンサー的で、よひょう役を演じられた若い室由美子さんはかなり役者的感性をお持ちの方。そういう個性の混在の仕方がまた楽しかったです!

今回の出演者の一人だった畠山小巻さんはかつて秋田のNHKのアナウンサーとして活躍され、今はある大学の学長秘書をなさっている方。
その畠山さんが、2007年にサントリーホールで私たちが行なったマイレオニーのキックオフ・トークショーに観客として聞きにこられ、その日司会をしてくださった谷岡理香さんの「言葉の力」に魅了されて、以来谷岡さんのアナウンススクールを受講しながらアナウンスハウスのメンバーになったというのですから、人のご縁というのはほんとうに不思議だと思います。

一本の映画を作りたいと思った私が、女性放送者懇談会の勉強会に行って谷岡さんと出会い、その出会いのお蔭でマイレオニーができて、マイレオニーがイベントを開いたために観客のお一人だった畠山さんがもう一度「声の表現」をご自分のもうひとつのライフワークとされることになった…そんな人と人との「出会いの連鎖」。それは決してお金で買えるものでなく、人生を前向きに心開いて生きてなければ得られるものでなく…朗読会の帰り道の私はすっかり風邪も癒えて、先刻までの皆さんの顔を思い浮かべながら笑みを浮かべている自分に気づくのでした。

ガンバレ、アナウンスハウス!頑張れ、谷岡理香!

                                                               松井 久子




| wakki | サポーター情報 | comments(3) | trackbacks(0) | pookmark |